淺川組の未来– FUTURE –

支えてくださった関係者の皆様へ

このプロジェクトは、淺川組一社でできるものではありませんでした。
はじめにお声がけくださった西尾レントオール様には、設計のサポートと資材の調達を担っていただき、会場の情報から現場までの移動手段まで力を貸していただきました。言葉の壁と時差のある、世界各地からのやり取りは設計事務所様と通訳の皆様に、国際契約という未知の領域は弁護士の先生方に支えていただきました。

現場でともに汗を流してくださった協力会社の皆様にも、多くを助けていただきました。細部にまで丁寧な仕事をしてくださったからこそ、お客様の期待に応えることができました。

会場全体では100社を超える施工者が同時に工事を進めており、工区を統括してくださった大林組JV様をはじめ、毎週の調整会議に集まった皆様のご協力があってこそ、それぞれの現場が形になったのだと思います。

そして従業員が毎日安心して仕事に打ち込めたのは、家庭で支えてくださるご家族があってのことです。
関わってくださったすべての皆様に、心より御礼を申し上げます。

訪れてくださった来場者様へ

何より、フィリピンパビリオンに足を運んでくださった皆様、ありがとうございました。建物は、実際に訪れていただいて、はじめて意味を持つものだと考えています。

会期中には私たち自身も何度も現地へ足を運びました。パビリオンへ入っていくお客様の楽しそうな表情や、「見てきましたよ、とても良かったです」と声をかけていただいたこと。そのひとつひとつが、フィリピンパビリオン建設プロジェクトに携われて良かったと思わせてくれるものでした。皆様に楽しんでいただけたことが、私たちにとって何よりの喜びです。

変わらない姿勢と「経営理念」

万博という特別な舞台に立って、あらためて確かめられたことがあります。私たちを支えたのは特別な秘策ではなく、100年以上にわたって受け継いできた理念と技術そのものだったということです。

【経営理念】お客様の喜びと、従業員の物心両面の幸福を追求し、社会の発展に貢献する

淺川組は、この理念のもとに三つの使命を掲げています。

誠実施工

「技術と品質」「誠実な対応」でお客様の満足と信頼を得る。

共存共栄

健全かつ公正な取引を通じ、共に社会の発展に貢献する。

堅実経営

いかなる環境でも、時流にあわせて堅実に進歩発展し続ける。

理念に沿ったプロジェクトの実行

誠実施工とは、一人ひとりがお客様の立場に立って考え、ニーズに合った建造物やサービスを提供することで、お客様に喜んでいただくことです。その積み重ねが信頼につながり、「次も淺川組に頼む」と言っていただける。私たちはこの考え方を、長年にわたって徹底してきました。

今回の万博プロジェクトも、元をたどればその積み重ねの先にありました。西尾レントオール様とは、弊社の現場に仮設ハウスや重機をお貸しいただく一方で、和歌山営業所を弊社が設計施工で建てさせていただきました。日頃の一つひとつの仕事が、次のご縁を運んできたのだと思います。

現場でも、この姿勢は変わりませんでした。仕様変更が相次ぐなかでは、夕方に会議が終わって翌日の昼までに積算をしなければならないこともありました。誠実で確実な施工と、誠実でスピーディな対応。この二つは、どれだけ条件が厳しくても妥協せずに守り続けています。

共存共栄は、近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしの考えに通じるものです。設計者様、協力会社の皆様など関係先と互いに連携し、より良いものを作り出す方法をともに考え、お客様、来館者の皆様に喜んでいただけるものを作り上げていく。今回のプロジェクトでも私たちが実践しようとしたのも、まさにこのことでした。

堅実経営についても、守り続けてきた考え方があります。チャンスが訪れたときにいつでも挑戦できるよう、日頃から人材と財力を築いておくこと。そして役職員が常に革新的な姿勢で業務にあたることです。万博への参画を決断できたのも、その積み重ねがあったからにほかなりません。安定した経営があるからこそ、挑戦ができる。淺川組にとって、この二つは未来を支える両輪です。

経営理念は、すべての判断と行動の指針であり、目的地を示す羅針盤です。時代が変わっても、経営理念に込められた私たちの思いは変わりません。

プロジェクトを通して生まれた「変化」

また、このプロジェクトは、会社にとっての実績である以上に、社員一人ひとりにとっての経験になりました。

仕様が変わり続ける現場で工程を何度も組み直し、英語の契約書と向き合いながら想定できるリスクに先回りする。限られた情報のなかから翌日までに答えを出す。そうした日々を越えたあとで社員が口を揃えて挙げたのは、「粘り強さ」という言葉でした。

相手の事情が整うのを待ち、多くの方と調整を重ねるなかで、交渉力や調整力も自然と磨かれていきました。こうした成長の機会をいただけたことも、ご一緒いただいた皆様のおかげだと思っています。

人が育つというのは、こういうことなのだと思います。淺川組が目指しているのは、従業員一人ひとりが「淺川組で働いていて良かった」と実感できる会社であることです。今回の経験も、その実現に繋がっていると考えております。

地域とともに

淺川組は東京、大阪に支店を置き、千葉、茨城、広島と福岡にも営業所を構えており、全国に事業所を展開しています。

それでも、私たちの原点は和歌山にあります。

実は淺川組は、1970年の大阪万博でも、閉会後の会場活用整備の一環としてプールの施工に携わっています。半世紀を経て再び関西で開かれた世界的なイベントに参画できたのは偶然ではなく、その間ずっと技術を磨き続けてきた結果だと考えています。

今回の参画は、地域における淺川組の存在をあらためて外へ伝える機会にもなりました。県外の企業へ伺ってお話しすると、驚かれることが少なくありませんでした。

こつこつと積み重ねてきたものが世界の舞台でも通用することを、私たち自身が確かめた一年でもあります。ここまで歩んでこられたのは、私たちに仕事を任せ続けてくださった皆様があってのことです。

形は残らなくても、残るもの

フィリピンパビリオンは、すでに解体されました。
期間限定の建物であることは、最初から決まっていたことです。

それでも、そこに注いだ技術と想いが消えるわけではありません。携わった一人ひとりの記憶と経験として、確かに残っています。

そして、これから先も長く使われ続ける淺川組の仕事が数多くあります。人々の暮らしを支え、時には気持ちを明るくする建物や構造物をつくれることが、建設業という仕事のいちばんの価値なのだと思います。

技術を磨き、人を育て、地域とともに発展していく。経営理念を羅針盤としながら、これからも時代の変化に合わせて挑戦を続けてまいります。

このプロジェクトに関わってくださったすべての皆様、そして淺川組を支えてくださっているすべての皆様。本当にありがとうございました。いただいた感謝を胸に、次の100年も歩みを止めることなく進み続けてまいります。

株式会社淺川組