PROJECT OUTLINE

世界が集まる舞台を、どうつくったのか。
1970年の大阪万博から55年。再び関西で開かれる世界的な舞台に、淺川組はフィリピンパビリオンの建設という形で挑みました。
限られた敷地、絶対に動かせない開幕日、そして「仮設の外部足場を建物の構造体として使う」という前例のない設計。さらに、国境を越えた設計チームや、100社を超える施工者との連携が求められる現場でした。
西尾レントオール様とのJVをはじめ、多くの企業・技術者と力を合わせながら、一つの建築物を完成へ導いた淺川組。
何を建て、誰と組み、どのような体制で世界が集まる舞台を支えたのか。フィリピンパビリオン建設プロジェクトの全体像をご紹介します。
PROJECT STORY

GALLERY
2024年5月の基礎工事から始まり、木造躯体、屋根、外装ファサード、内装、そして展示工事へ。何もなかった夢洲の敷地に、フィリピンパビリオンが少しずつ姿を現していきました。
約1年にわたる工事は、どのように進み、あの特徴的な建物はどのようにつくられたのか。普段は見ることのできない建設の舞台裏と、完成の日までの変化を、実際の現場写真とともに時系列でご紹介します。
FUTURE

万博という大きな挑戦を支えたのは、100年以上にわたり受け継いできた理念と技術、そしてともに歩んでくださった多くの人たちでした。
フィリピンパビリオンはすでに姿を消しました。しかし、そこで得た経験、人とのつながり、社員一人ひとりの成長は、これからの淺川組に残り続けます。
和歌山から全国へ、そして世界へ。この挑戦で得たものを次の100年へつないでいきます。










