積算が語るストーリー– PROJECT STORY –

積算から始まった「万博プロジェクト」

2023年10月、一枚のパースと英語で書かれた計画図が積算課に届きます。しかし、そこに描かれていたのは、何でできているのか見当もつかない外観でした。

工事中の足場をそのまま建物の一部として使う構造、車で乗り入れられない現場、そして工事が始まってからも続いた設計変更。
数字の面からフィリピンパビリオンを支えた積算担当の稲田が、着手から完成までを振り返ります。

MAIN SPEAKER

稲田 淳樹

積算担当

一枚のパースから全てが始まった

記者

フィリピンパビリオンの積算を担当すると聞いたのは、いつ頃だったのでしょうか。

稲田課長

2023年の10月ぐらいでした。最初は一枚のパースと英語で書かれた計画図を受け取りました。本格的に積算に着手したのが、2ヶ月後の2023年の12月になります。

記者

現場監督の泉所長よりも、前に声をかけられたのですね。

稲田課長

そうですね。積算が本格的にかかるのはもっと先の話になりますが、最初はファサードの基礎形状や足場図面等、設計側からの相談から打合せがスタートしました。

記者

パースを受け取った時は、どんな感情でしたか。

稲田課長

見たことがない外観で、ファサード(建物の周りを覆っているもの)の意味すらわからなかったです。「構造的にこんな形で実現するのか」と思っていました。また、パースに描かれていたのが、大きく張り出したキャノピー(庇 ※ひさし)と、ラタン工芸でしたが、初めはパースを見ても、ラタンだとはわかりませんでした。「これ、何でできてるのかな」という感覚が最初のスタートです。

積算は、工事のいちばん入り口にある

記者

プロジェクトの最初に動くのが積算なのですね。そもそも積算とは、どういう仕事なのでしょうか。

稲田課長

積算は、主に建設費を出す仕事ですね。基本的な流れは、計画建物の実施設計が概ね完了した段階で、建設費を算出します。
各項目一つひとつに対して、数量と単位と単価があり、全ての項目に単価を入れて合計し、工事費を出していきます。
また、それだけではなく、設計事務所様が図面を描いておられる途中の段階や、まだ基本的なプランしかない時点でも、「概算」として金額をお出しすることもあります。お客様のご予算に合っているかどうかを、早い段階で確かめるためです。

記者

世界情勢が動きやすい時期は、特に大変ではないですか。

稲田課長

大変です。いろいろな値段が動きますので。建材や燃料も値段が変動しやすい時期は、特に神経を使います。

記者

積算が正確でないと、プロジェクトにはどんな影響が出るのでしょうか。

稲田課長

まずは、「信頼関係の問題」になりますね。見積りの中で、何かが抜けていたり、おかしな数量が入っていたりすると、現場が始まってからも迷惑をかけてしまいます。
逆に、精度を保てていれば、お施主様にも設計事務所様にも信頼していただけます。それに、協力業者様も、積算課が出した数量をもとに単価を入れられる工種が多いんです。
そのため、積算精度は、信頼関係に影響するものです。「淺川組やったら大丈夫や」と思ってもらえたら、ありがたいです。

記者

積算での腕の見せ所は、どういったところになりますか。

稲田課長

腕の見せ所までとはいきませんが、最近では価格の変動が大きく、「社会情勢に合わせた金額を出す」ことが重要です。
もう一つは、経験を重ねて最近思うことなのですが、積算は工事を始める入り口で、設計者様とのやりとりで、やりたいことを汲み取れたり、問題点が事前にわかるところまでいけたらいいな、と思うようになりました。今回のフィリピンパビリオンの建設は、まさにそのような場面が多いプロジェクトでした。

足場が、ファサードと建物をつなぐ構造体

記者

フィリピンパビリオンは、仮設工事で使う外部足場を、そのままファサード(建物正面の外装)の構造体として利用するという、前例のない設計に挑戦しています。

稲田課長

「足場を使って、そのまま残して作る」というコンセプトを、最初に聞いたときは「本当にやりたくない」と思いました。
足場に荷重を預けるというのは、それまでの経験にはなかったことでしたので、本当に大丈夫なのかと、心配になりました。

記者

経験がない挑戦を、どのように対処されたのですか。

稲田課長

まずは、構造設計の吉田次長に入ってもらい、チェックをお願いしました。足場は施工者側の分野ですから、設計者様があまり詳しくない部分でもありますので、多方面でのチェックが必要だと思いました。

夢洲という現場を、数字にする。車で入っていけない現場

記者

会場ならではの制約もあったと伺っています。

稲田課長

たくさんありました。
施工条件が、いつもと全然違うんです。まず協力業者の方の車を中に入れていけない状態で、その条件を協力業者様に施工条件として提示しなければいけませんでした。現場はもっと大変だったと思いますが、その条件も積算として理解してもらうことが難しく感じた部分です。

記者

車で入れないことは、積算にはどう影響するのでしょうか。

稲田課長

敷地いっぱいに建物が建つ計画でしたので、工事車両も乗り付けられない、自由に敷地外を使えないと聞いていました。事前に計画を提出しておかないと敷地外を使用できないんです。

乗り継ぎで入場しなければならないんです。西尾レントオール様からハイエースをお借りして、職人の方々を乗せて一斉に入場する。そのような仮設費用も計上する必要がありました。

記者

建物そのものの費用だけではないのですね。

稲田課長

そうです。事務所も移動式でしたし、日によって「今日はここに入ってはいけない」という制約も変わります。

限られた敷地面積で、仮設ハウスの事務所を置く余裕すらなく、移動事務室車「Multi Job Car」を採用し、工事に合わせて空いたスペースへ動かしながら活用しました。

メインの現場事務所は隣の咲洲にお借りし、現場までは約15分。作業員の負担を減らすため、最大10人乗りの車両に乗り合わせて夢洲へ通っていました。

その条件も、西尾レントオール様にご協力いただき、非常に助かりました。西尾レントオール様は万博協会とも近い立場でおられたので、いろいろな情報を共有していただき、力強いパートナーと感じました。

変わり続ける設計に、応え続ける

記者

工事が始まってからは、設計変更が続いたと伺いました。

稲田課長

何度もありました。中の吊りものでも仕様変更がありました。契約したときの仕様から、最終的にはずいぶん形が変わっています。

記者

そのたびに、積算も変更をかけないといけない。

稲田課長

そうです。普段ですと軽微な変更であれば、なかなか積算課まで来ないことも多いんですけれど、今回は変更がダイナミックかつ、原形がないと言っていいほど変更が多かったですね。

記者

その変更に、どのように対応されたのですか。

稲田課長

泉所長が考えを持ってくれていましたので、それに沿って動きました。会議のあとによく電話で話して、対応していました。泉が「こういう形にしていこう」と明確に提示してくれ、非常に助かりました。

記者

仕様変更に伴う、積算のスピードも求められたのではないですか。

稲田課長

そうですね。
夕方に会議が終わり、翌日の昼までに積算を出す。
そのようなこともありました。普段では考えられないスピードです。積算を出さないと、次が進まないので、スピードは意識しました。

記者

お一人では、とても回らないのではないですか。

稲田課長

そこは積算課の中で、他の仕事を入れずに動いてくれた仲間がいたので対応できました。私もウェブ会議に入って、その都度対応していました。

「ファインプレー」と呼んだ判断

記者

外装のファサードについて、印象に残っていることはありますか。

稲田課長

スチールフレームですね。泉所長の発案がファインプレーでした。

記者

「ファインプレー」とは、どういうことでしょうか。

稲田課長

最初は外装のファサードを、大きな1ユニットで一面に取り付ける設計でした。一つひとつのフレームもボルト締めなのですが、設計上は一体だったのです。しかし、そのままの設計では、施工にクレーンが必要になります。

そこで、1ユニットの大きさを小さくしたんです。一つを3つとか4つに分けることで、人の手で施工できるようになります。

設計図通りの1ユニットの大きさでは、敷地外にクレーンを据えて取り付ける必要がありました。しかし周辺工事の進捗に合わせて、重機を使える期間は限られています。そこで1ユニットを小さくし、ウインチ(巻き上げ機)だけで施工できるサイズへの変更を提案し、受け入れていただいたのです。

記者

その結果として、どうなりましたか。

稲田課長

その結果、重機を使わなくても施工ができるようになりました。
重機を使えるときは使えばいいですし、使えないときは手で行えます。「この部分だけ後回しで、他は先に進めよう」ということもできます。
変更も多かったので、そこで柔軟に対応できるようになったのは大きかったですね。

記者

時間がないのであれば、「大きいものを一気につけよう」と考えてしまいそうですが。逆の発想ですね。

稲田課長

そうなんです。工期がないのだから、と最初は「大きいフレームを一度で施工しよう」という話でした。それを泉所長が「いや、小さいフレームに工夫した方がいい」とアイディアを出したのです。それがファインプレーだったと思います。

記者

その工夫は、積算の数字にはどう影響したのでしょう。

稲田課長

増えたのはボルト代ぐらいですので、ほとんど影響はありませんでした。施工方法として合理的で、金額の影響も少なく、今振り返ると本当に成功したアイディアだったなと思います。

一つの現場に、会社中の仲間が集まった

記者

設計変更が続く中で、社内から助けられたことはありますか。

稲田課長

建築部長、構造設計の吉田次長も、営業部の部長や玉井主任、また大阪支店も常に助けていただきました。何度も打ち合わせを行いましたが、工事中にこれだけ何回も集まったのは、今回が初めてです。

記者

通常は、そこまで集まらないものですか。

稲田課長

工事中に何回も集まるということは、通常あまりないです。
このプロジェクトは、とくに工事中に工事範囲も大きく増え、工事金額がどんどん増えていきました。
今回は、変更契約自体は最後にまとめる形でしたが、状況は把握しておかなければなりません。そのため営業も、毎回ウェブで参加してくれていました。

記者

相談の回数で言うと、過去で一番だったということですね。

稲田課長

本当に、みんな何度も集まって話しました。また、それぞれの専門の持ち場でも動いていただき、助けていただきました。
また外装スチールフレームのファサードを担当された設計者の方が、本当に几帳面な方で、きちんと細部まで詰めて固めてくださったからこそ、私たちも正確に対応することができました。
積算の数字についても「何ミリ違います」とご指摘をいただいたのは初めてでした。金額が変わるわけではないのですが、そこまで徹底的に細部までに責任を持たれている方でした。
またスチールフレームの協力業者の方にも、3Dで施工図を作成できたことで、設計の方とのデータ連携がスムーズになり、本当に助けられました。

完成した建物を見て。「いいものができたな」

記者

万博に関わっていることは、ご家族やご友人に話されましたか。

稲田課長

もちろんです。ただ、当時は「間に合うのか」という報道も多かったので、親や友人からも「間に合うの?」と聞かれていました。現場の状況については、泉所長から共有されていましたので「フィリピンパビリオンは間に合うと思う」と答えていました。

記者

完成後は、ご自身も現地へ行かれたのですか。

稲田課長

行きました。「いいものができたな」と思いました。
特に泉所長は、日頃から「色々な建物をやってみたい」と考えていると思いますし、フィリピンパビリオンのプロジェクトが決まる前から万博に対して興味を持っていたと思います。

記者

その泉所長の想いを、側でサポートしていた時は、どんな感情でしたか。

稲田課長

私と泉所長とは同期なんです。仕事で密に関われて良かったと思います。積算としてサポートできたのは、本当に良かったなと思います。

このプロジェクトで得たもの

記者

このプロジェクトを通して、成長できたと感じる部分を教えてください。

稲田課長

これだけ工事中も打ち合わせに入ったのは初めてでしたので、やはり貴重な体験でした。初めての試みもあり、特殊な経験ができた。これが一番大きいかもしれません。
また、オンライン会議は非常に印象的でした。みんなが電車の中から会議に入ってきたり、海外から入っていたり。そのような光景を見ることができたのは貴重です。
実際の工事では仕様変更が多く、その度に積算を行ったのも良い経験です。今後、変更が続くようなことがあっても、少し気持ちが穏やかでいられます。
淺川組に入った時は、最初は現場を経験しました。現場監督として2年間、そこから3年目に積算へ移りました。入社して19年になりますので、そのうち16年ほどが積算ということになります。

記者

最後に、稲田さんにとって淺川組とはどのような存在ですか。

稲田課長

淺川組は、和歌山を代表する会社だと思っています。これからも、多くの方に注目していただけるような仕事を、どんどんやっていってほしいですね。
今回の万博プロジェクトも、みんなの「やりたい」という思いから始まっていると思います。その思いに集まる人が、これからもっと増えてくれたら嬉しいです。
建設会社というと硬いイメージがあるかもしれませんが、淺川組は一人ひとりの思いを形にできる、柔軟な会社だと感じています。
泉を見ていて一番思ったのは、度重なる設計変更に柔軟に対応し続けていたことです。お世辞抜きに、すごいなと思いました。
今回のように、現場が始まってから、ここまで積算が関わることは普通はありません。ただ、それだけ関わりが深くなった分、一人ひとりの実力や仕事への姿勢を近くで知ることができました。私にとっては、とてもよい機会だったと思います。

終わりに

一枚のパースから始まり、前例のない建物を数字にし、工事が始まってからも変わり続ける設計に応え続けた日々。「現場が始まってから、ここまで積算が関わることは、普通はないんです」と稲田は振り返ります。

プロフィール詳細

稲田 淳樹(いなだ あつき)

2007年入社の20年目。
大学では建築を専攻し、設計を中心に構造や都市計画も学ぶ。入社後2年間は現場監督を経験し、3年目から積算へ。現在は図面から数量と工事費を算出する積算担当として活躍。